倉上のダイニング
空間の行方
改修設計において既存空間と向き合うとき、その空間のそれまでの歩みを知ることは設計の第一歩となる。それは敷地周辺のコンテクストと同様に重要な意味を持ち、そこにあったであろう物やそこにいたであろう人、そこで紡がれた日々の営みといった空間に刻まれた記憶を読み解き次の姿を想造することは、空間を通じて過去から未来へ思いを馳せる行為ともいえる。このプロジェクトは、倉庫の上に存在した住宅の記憶を断片的に空間へ留め、またあらたな風景として1ページ書き加えようとするものである。
豊島区上池袋に〈大仏タイルの階段塔〉や〈アールの付いた庇〉といったモダニズムを感じさせる築57年の3階建倉庫ビルがある。1階倉庫部分の階高が高いため、一般的には4階建て相当の高さがあり、まだ周囲に低い建物の多かった新築時にあっては、ひときわ目を引く建物であったという。その3階部分は、2000年頃までオーナー一家が暮らす住宅として使われていたが、その後は空き家状態となっていた。この場所をレストランとして活用したい、というこの住宅で生まれ育ったオーナーからの依頼でプロジェクトは始まった。
住宅は過去に一度全面改修されていたが、設計に際した調査において、新築時の素材や設備が改修後もそのまま活用されていたり、別材で覆い隠され保存されていることが判明した。現代では希少性の高い材料や、経年変化による再現し難い風合いを纏った素材もあったが、本プロジェクトで重視したのは、それらそのものの価値を評価することではなく、それらが保存されてきた事実を空間に織り込み、新たな用途に調和するリアリティを生み出すことである。
既にこの場所がそうであったように、空間とは不変のものではなく、時代やユーザーに応じてその建築寿命の間に幾度も大きく姿を変えうる存在である。そうした前提に立つならば、今回の改修という行為もまた、空間が持つ時間軸上の一点に過ぎない。これまでの空間の記憶を丁寧に読み解き、その来歴に新たな層を重ねる意識で設計を行うことが、空間の持続可能性を担保する現実的な手段ではないだろうか。実際、本設計の過程では、新築時の保存要素やその後の変遷がデザインを決定する大きな手がかりとなった。願わくば、本改修が次の空間変容の際に端緒となり、例えるなら、未来へとバトンを渡すような役割を果たすことを期待している。
Program :
Restaurant
Location :
Toshima, Tokyo
Total floor area :
197.57㎡
Completed :
May. 2024
Structural Engineer :
Hirokazu Osaka
Equipment engineer :
Kota Maeda
MARUKI
Constructor :
CWC Yusuke Matsuoka
MATEX
UNIMAT RIK
Katomokuzaikogyo
Yoshiro Ishimori
NUB creative works
YAWATA KOGYO
TESUKI WASHI TANINO
MAT the WORKS
Graphic:
terminal Inc.
Photo :
Koichi Torimura